家は家族関係を考えて
初夏のあの日から、3カ月。
怒涛の3カ月で、両親は仮住まいに移動し、
愛して止まなかった旧家はけっこうアッサリ取りこわされました。
これから、冬に向かって地盤の整備をし、
次にくる初夏には、新しい家で皆で笑って集えるはず。
そのために、できるだけの精一杯の努力をこの夏に費やしてきました。
主人の転勤先で、頑張って建てた私達のこの家が、
とても簡単に、安易に建ててしまった、かのように感じるほど
綿密に繊細に話し合う必要があったのです。
家を建てるということは、器を作ることだけではなく、
家族関係のあり方、
家族の集い方、
どうやって生きていけばいいのかということを、
深く考えなければいけない。
家族関係の深さを思い知りました。
父は自分の中で物事の筋道が整理できていないと、行動を起こさない真っ直ぐな性格です。それが、時にはワンマンで我侭で、扱いにくいと映ることもありました。
今回の建て替えについて話し合っていくなかで、
私は、嫁としておつきあいしている中で今までには感じなかった
人としての魅力を引き出すことができたような気がしました。
父は強い人です。
外に出たら会社を経営していくこと、
男ばかり兄弟の長男で、多くの家族を養ってきたこと、
両親同居の住まいで、子供を3人育ててきた。
表面上は気が強く、ワンマンで、女子供には口を出させない、
ましてや、家族に自分の生き方を指図されたくない、
頑固親父独特の身勝手わがままな部分ばかりが目に付く人でした。
お嬢様育ちでいつも控えめな母は、そんな強い父には反論ひとつせず、
家のなかのことをこなし、我慢が染みついたような人でした。
自分が嫁ぎ先でした苦労を、嫁である私に味合わせたくない。
そんな静かな優しさもありました。
嫁の私にはそんな風に見えていたのです。
しかし、人の奥はまだまだ深いものです。
父は言いました。
自分は、代々残された土地建物におり”住む”という1番大事な部分についてなんの心配もなく過ごしてきた。これはひとえに、御先祖様の努力のおかげである。
苦労しながらも良い仕事に巡り合えた。
自分が大きな心配ごとなく、今まで十分に働いてこられたことで、
自分もまた、自分の子孫に何かを残してあげたいと思えるようになった。
また、ちょうど良い頃に、(退職することで)それなりの資金に巡り合えた。
死ぬまでにこれを散財しても構わないし、なにもせぬまま残しても自分の自由だと思うのだが、私は、何か面白いことをしたい。
仕事から解放され、子どもたちも皆、それぞれの家庭でうまく一生を過ごすだろうという見通しもできてきた。それではこれから最後の住処となる家を、先の者にも残せる物を、つくり直そうではないか…
単純に、素敵だなと思いました。
建築計画のなかで、楽しみやうれしさよりも、面倒なことや大変なことの方が大半を占めます。
そんな中でベースとなる父の考えが、すーっと理解できたことは、
突然に告げられて動揺してしまった最初に下した決断が、
ごく当たり前に、自然に流れに巻き込まれるのが家族というものなのだろうという、15年目にして、ようやく嫁の立場が、今までより一歩中に踏み込めたような、私の心をとても楽にすることだったのです。