家を建てる前に…
家を建て替えることで、いろいろなことを考えました。
生活を整理し、家族関係や、未来のことまで思いを巡らせて、
思い通りに、理想通りにできるわけではないけれども、
少しでも明るい未来にならないか、考えなければなりませんでした。
問題点のほとんどは、家の建築ではなく、
人間関係です。
実際に、結婚して15年、別居していた私と姑はとても仲良くしていましたが、「同居する」と言い出したことで、会話がしばし、ぎこちなくなったことは事実です。
この建て替えの話が本格的な流れになり、プランも固まり計画段階が終了する、家の取り壊しも始まり、着工の日取りも具体的に決まった今、お互いに腹をくくり、悔いのないようにものを作ろうという同じ目的に向かって話し合うことができるようになりました。
今までは口に出せなかった老後の介護の話、子供の教育問題、
別々に住んでいれば、それぞれに解決しなければならなかったことが、
ひとつ屋根の下にいるということで、相談相手になれるような気がします。
今でも、急に「家を建て替える」と言い出した父の本心はわかりません。
この話が出たときにちょうど、友達が子育て半ばで亡くなりました。
思いつきであるにせよ、
できることをできるうちにやっておこう、という思いはよく分かります。
同居することが、=親孝行という考え方は古いのかもしれません。
親世代には、彼らにとって心地よい環境があるでしょうし、
今更私たちの生活レベルに合わせるのも本当は苦痛でしょう。
でも、彼らのためではなく、私が最後に一緒に住んでいたいのだ、
そういう考え方も、あるのではないでしょうか。
母としては、自分が思い描いていた老後の暮らし方が変わってしまうのですから、戸惑いがないわけがないのです。母がまず戸惑いを直球で投げてきたのは、当然受けとめなければならないでしょう。
「いま仲良く良好な関係を築いているからといって、一緒に住んでも仲良くできるかどうか分からない」という不安。ふつう、嫁である私の方から言いだしたい事ですよね。
母は、自分と姑との関係をいまだに引きずっており、その不安感をぬぐいきれないのかもしれません。
私は、主人の姉妹、いわゆる小姑との関係に神経を使い、
いつの時代も、嫁いだ先の家族関係とうまくやって行けるかどうかは、
嫁しだいなのだと実感しています。
妹にしてみれば、嫁いだとはいえ、実家のすぐそばで暮らしており、理由もなく長男夫婦が帰ってくるとなると、複雑な心境なのではないでしょうか。彼女もまた、いつか旦那さんの家族関係で、いろいろ思い悩む日が来るでしょう。
私は今、彼女の気持ちを少しでも理解し(かなり努力が必要ですが)
子供たち(いとこ同士)が健やかに育ってくれることを願います。
最初の1カ月、仕事も家事も手につかぬまま、
インターネットのブログやコミュニティーで、同居とは本当にうまくいかないものなのか、うまくいってる家族は無いのか、闇雲に探しまくりました。
とあるアンケートによると、うまくいっている同居家族は300組分の1組。インターネットでは、あまり前向きな意見を探すことができませんでした。自分こそが、300分の1組になればいいと、ポジティブに気持ちを操作するように頑張ることがとてもつらい時期だったかもしれません。
短期間でのあまりの落ち込みように、私は発熱してしまいました。
その時にかかってきた妹からの電話に夫が対応し、なんとなく感じる言葉の棘を、夫も兄として感じてしまったのでしょう。
「言いたいことがあるならすべてに責任を持ってかかわる、責任がとれないのならば一言も口を出すな」
かなりキツイ言い方だったようですが、致し方なかったと思います。
ありがたかったのは、やはりすぐに母の耳に入ったようですが、妹の愚痴よりも、息子である私の夫の覚悟の方を評価してくれたことです。
長い手紙を出そうと思ったときに、気持ちはわかったから、一度気持ちを鎮めるために、出すなといわれました。彼の言うとおり、すぐに気持ちを伝えることも大事なのかもしれないけれども、いったんぐっとこらえて相手の出方を見るのも大事なことだったのでしょう。
家族の性格をよく捕えた、さすが血のつながりのある人の判断でした。
その後は、多少言葉は柔らかいものを選ぶとしても、
心配ごとを包み隠して探りあうよりは、言うべきことは言おうと、
そして、できるだけ直接顔を見て話せば、その言葉だけではなく本心かどうかが分かることなのだから、
できるだけ直接会って話をすることにしたのです。
家を建て替える体験談の前半はココまでです。建築計画とは何ぞや、主に家族関係のこと、自分の気持ちのことを書き表してきました。皆さんを取り巻く環境は人それぞれでしょうから、わたしの経験談は、ほんのヒトツのパターンです。
これから、建物の取り壊し、地盤整備、道路改修を行って、初冬に地鎮祭、年明けに実際の着工という運びを予定しています。
新幹線を使って道のりたった3時間とはいえ、隔週の子供をおいての出張は結構つらいものがありますが、私の人生まだまだ長いし、後にとてもすばらしい建物が出来上がったら、全ての行動に意味があったのだと思えるでしょう。無事に完成しましたら、また建築編としてご報告します。